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【狭山市】再開発が始まる入曽駅周辺を見る【西武新宿線】

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西武新宿線の入曽駅(埼玉県狭山市)では、「入曽駅周辺整備事業」が行われています。また、西武鉄道によると、駅舎の建て替え工事も始まり、入曽駅は橋上駅舎となる予定です。

入曽駅周辺整備事業
新宿線 入曽駅の東西自由通路・橋上駅舎整備工事を実施します
西武鉄道の新宿線 入曽駅の東西自由通路・橋上駅舎整備工事を実施しますについて。時刻表、路線図、運行情報、乗換案内、運賃表など西武沿線のご利用案内から、特急レッドアロー号・S-TRAINのご案内、レジャー情報、沿線の暮らすやおでかけ情報、企業情報などを提供しています。

入曽駅ではかねてから駅周辺整備の計画がありましたが、地権者の同意を得られないまま古い町並みが残っていました。そのため入曽駅は埼玉県内の私鉄駅では最古のものになるそうです。駅前の通りは大変狭く、他の新宿線駅に比べて取り残されたような駅前の風景が広がっていました。また、交通事故が多発する地帯でもありました。

狭山市は入曽駅周辺整備を重要課題ととらえており、当初の計画を変更して、駅前広場と商業施設の整備、および駅の橋上駅舎化、東西自由通路の整備を計画に掲げ、再開発を進めています。また、新たに駅前広場に繋がる駅前道路も整備され、利便性を向上させます。

そのうち、商業施設は狭山市立入間小学校の跡地が活用され、イオンリテールの商業施設「イオンそよら入曽」が入ります。「イオンそよら」とはイオンの都市型小規模商業施設で、現在国内に4店舗あります。

実際に2023年9月現在の入曽駅周辺を歩いてみましょう。

入曽駅は2面2線の構造で、東西の両側に改札があります。

下り線のホームの反対側にもホームの跡がありますが、現在は線路も剥がされ、資材置き場になっているようです。

入曽駅の開業は西武鉄道の前身の一つ、川越鉄道の時代で、明治28年。よく見ると、ホームに貴重な大谷石が使われていることが分かります。後の時代になってからその上にコンクリートのホームがかぶせられたようです。

現在は東西の行き来は踏切を渡るしかありませんが、再開発後は自由通路が設置され、徒歩の移動が便利に。

駅舎から、北東側を眺めます。新駅舎は現在のものより北側に設置され、写真の青の建物の先から東側にデッキが伸びて駅前広場に繋がるようです。

現在の東口側の様子です。駅前の通りは、特に雨の日などは混みあい、事故が多発しているそう。

路線バスは、小型バスの狭山市のコミュニティバスが発着するほかは、西武バスが日曜日限定で1往復するのみ。駅前広場が整備されれば路線バスの発着も再編され、より便利になるかも。

現在の東口の様子です。新駅舎はここよりさらに北側に建てられます。現在の駅舎と跨線橋は解体される予定です。

駅舎について詳しくはこちらをどうぞ。

入曽駅(新駅舎)の整備

続いて駅周辺を見ていきます。

現在駅前に垂直にアプローチするこの通りは再開発には含まれません。朝夕は送り迎えなどに大変混雑するそうですが、道が狭く、事故も起こっています。また、道路状況が改善しない中、店舗の撤退や閉鎖が増え、駅の利用者は多いにもかかわらず活性化しない状況が続いてきました。

県道50号線に出て、旧狭山市立入間小学校跡地に向かいます。

こちらは道の拡幅が進められているようです。また、「松本屋駐車場」の看板のあたりから左手に新しい駅前道路が整備されます。

入間小学校跡地に着きました。ここに「イオンそよら入曽」が建てられます。

再開発の完成図が掲げられていました。イオンそよらは主に1階がスーパーマーケット、2階が書籍や雑貨などを販売するフロアになるようです。また、屋上に駐車場が設置される模様です。

入間小学校跡地の利活用

すでに更地になっていますが、校門に小学校の面影が残っていました。また、画面左側にある木は樹齢100年にもなるケヤキの木だそうで、入間小学校の名物として親しまれたものです。協議の末、この木は残されることになりました。

小学校跡地をぐるっと回り、県道8号線「茶つみ通り」に入ります。

イオンが入ることで駅周辺全体も活性化されるでしょう。

ちなみに、入曽駅のひとつとなりの、同じく狭山市内の狭山市駅付近にも、2023年9月に「イオンそよら武蔵狭山」がオープンします。

そよら武蔵狭山 公式ホームページ
そよら武蔵狭山はファッション、飲食、サービスなどの専門店で構成されたショッピングセンターです。

入曽駅と狭山市駅の間には広大な航空自衛隊入間基地があり、入曽駅からも航空機の離発着が見えます。

新たに整備される駅前道路が見えました。すでにかなりできているようです。まだ立ち入ることはできないため、駅前広場の方には行けません。

茶つみ道の反対側にあるAコープの敷地に、「入間村の碑」というのが建てられていました。昔ここに入間村役場があったそうです。1954年に入間川町などと合併し、狭山市になりました。また、隣のイチョウの木は、大正天皇即位礼を記念して植えられたものだそうです。

西武新宿線と並行して駅前を走る県道225号線に入りました。狭隘な道が続きます。先ほど駅の跨線橋アから見た青い建物の北側にあたる場所です。すでに工事が進められていました。新駅舎から駅前広場に至る道にもなる東西自由通路が整備されます。

駅前広場になる部分も工事が始まっているようです。この土地はもともと狭山茶業農業協同組合の土地で、狭山市が買い上げて整備しています。

今回は見られませんでしたが、駅の西口側にも駅前広場が整備される予定です。

狭山市悲願の再開発で、利便性が高まり、地域が活性化されることを心より願います。何より、安全性が向上することが重要ですね。

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