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三鷹跨線橋に行く【太宰治も愛した三鷹の名所】

おさんぽ
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三鷹市にあるJR中央線の三鷹跨線橋が撤去されることになりました。

三鷹跨線橋とは、JR三鷹駅とその西にある三鷹車両センターの間に架かる歩行者用の跨線橋で、90年以上の歴史を有しています。建てられたのは昭和4年で、鉄鋼不足から明治、大正期のレールが再利用されています。跨線橋からの景色がいいことから、人の往来だけでなく、三鷹の人の散策ルートとして親しまれてきました。

ただ、維持管理費が高額であることや、耐震性に問題があることから、JR東日本は三鷹市に譲渡を提案。財政面から市は拒否し、その後、撤去という流れになりました。撤去の時期などは現時点では未定です。

そんな歴史ある跨線橋を眺めてみようと三鷹駅に向かいました。

北口、南口どちらからも行けますが、私は北口の風景が好きなので北口から歩くことに。駅を出て左手に伸びる道はさくら通りと呼ばれ、桜の季節には美しい花が咲き乱れます。

その横を流れるのは玉川上水。江戸の上水道を支えた重要な用水です。

玉川上水は三鷹駅の北西から三鷹駅をくぐり、南東へと流れていきます。現在も三鷹駅北口から先はこのように開かれ、市民の憩いの場になっています。

交差点の欅橋を渡ると、玉川上水はさらに緑の多い美しい様子に。ここで左折し、線路沿いに出ます。

中央線の横を走る堀合通りに出ました。

少し行くと地下道が整備されています。三鷹跨線橋がなくなったらこちらがその代替設備となります。

いよいよ三鷹跨線橋が見えてきました。無骨なデザイン。

ただ住まいはほぼ昭和初期の当時そのまま。下を中央線の電車がどんどん駆け抜けていきます。

階段のコンクリートのつくりが往時を思わせます。

なぜか北側の一部だけ塗装が塗りなおされています。

このあたりは戸建ての住宅が多く、見晴らしがいいのが特徴です。奥には三鷹のビル群が。

跨線橋を進んでいきます。電車を見に来たお子さん連れが多くいらっしゃいました。

レールを使った直線的なデザインが素敵です。建造物として見学に来る価値があるでしょう。

特急列車が新宿に向けて走っていきました。

三鷹車両センターです。跨線橋からだいぶ奥のほうにあります。奥には武蔵境駅前のビル群が見えます。見通しの良い日には富士山が見えるとか。

ズームしてみました。iPhoneなのであまりよく映りません。左の3本はE231系500番台。山手線から転属してきた、中央・総武緩行線の主力車両です。続いてE231系の0番台。500番台より前から総武線を走っています。真ん中にはE231系800番台。東京メトロ東西線に乗り入れるためのJRの車両です。東西線のラインカラーをまとっています。右から3番目には特急「あずさ」「かいじ」「富士回遊」「はちおうじ」「おうめ」で使われる中央線の特急列車E353系が休んでいます。

南側に降りてみます。

耐震性の観点から地震等の際は通行できない旨が貼られています。

三鷹は太宰治のゆかりの地。太宰は昭和14年に三鷹に引っ越してきました。この跨線橋がお気に入りで、友人を連れてくることもあったそうです。

再び跨線橋に戻ります。

さびていますが、レールであることがわかります。

詳しくありませんが、F9Tのボルト。どこの製品でしょうか。

最後に電車を眺めて帰ります。まずは頻繫に通っていくE233系0番台の中央線快速列車。待避線から本線に復帰して武蔵境駅を目指します。今後は中央線快速にもグリーン車がつきます。

「あずさ」か「かいじ」かわかりませんが、特急列車も通過。次の停車駅は立川です。

帰ろうとすると、車庫にいたE231系5001番台が動き出しました。これから総武線各駅停車として運用に就くようです。

歴史ある跨線橋を存分に楽しむことができました。

なお、JR東日本と三鷹市が覚書を交わし、跨線橋の撤去後に一部を市の敷地に移して保存することが決まったようです。撤去時期も含めて今後の動向が気になります。

ぜひ撤去前に訪れてみてください。

【追記】JR東日本は2023年12月より撤去工事を開始すると発表しました。撤去完了までに概ね2年ほどかかるということです。

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