横浜、みなとみらいの観光で有名な「汽車道」は現在は赤レンガ倉庫方面への遊歩道として人気ですが、かつてはその名が示す通り、鉄道が通る道でした。JR桜木町駅から赤レンガ倉庫に向けて伸びる貨物輸送用の線路で、開通は明治44年。諸外国への輸出入を担い、日本の近代化を支えてきた線路です。
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鉄橋の形がお馴染みの鉄道の橋梁の形ですね。遊歩道は桜木町駅の先からナビオス横浜のあたりまで整備されています。
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汽車道 Kishamichi Promenadeと書かれた古い表示から汽車道が始まります。このように線路が一本残されています。かつての大切な歴史的建造物がこうして現代でも活かされているのは素晴らしいことです。
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汽車道には鉄橋が3つあり、それぞれが歴史的に重要なものです。こちらは港一号橋梁。
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この橋はアメリカンブリッジ (American Bridge Company)から輸入したものです。当時の日本には鉄製の橋を作る技術はなく、本州の鉄道関連の建造物はイギリスのものを使っていたと思いますが、明治の一時期はアメリカ製のものが多く導入されたのだそうです。後述する港二号橋梁もアメリカンブリッジのものです。
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次に現れるのが港二号橋梁。アメリカ製が導入された経緯が書かれていました。
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最後は港三号橋梁。ちょっとわかりにくいですが、この橋梁は最初に北海道の夕張川橋梁(北海道炭鉱鉄道夕張線)としてイギリスから輸入されたものです。のちに、この現在のみなとみらいにあった生糸検査場(生糸の品質を検査していた)への引き込み線に架かる橋として北海道から運んできて使われ、その後、平成になってこの汽車道を整備するにあたり、歴史的に重要な建造物であるこの橋を港三号橋梁として移設したとのことでした。
橋をわざわざ北海道から持ってくるほど、当時の日本にとって鉄道橋梁は自作できないほど技術力の高い高価なものだったとわかります。
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先ほどのアメリカ製のものと違い、高さはありません。
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奥の建物ナビオス横浜はこの汽車道を跨ぐように建てられています。
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下をくぐった先まで線路が残されていました。
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この先線路はまっすぐ赤レンガ倉庫まで続いていました。赤レンガ倉庫で輸出品を管理し、船に積み込んでいたのです。今回は行けませんでしたが、赤レンガ倉庫の横に貨物用のホームが残されています。
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桜木町駅に戻ってきました。駅に往年の様子が展示されています。
現在のみなとみらい地区は、かつては鉄道施設と輸出入を管理する官公庁の施設が広がっていました。
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日本で最初に鉄道が敷かれたのは新橋~横浜間。その横浜側の駅が現在の桜木町駅です。その後、東海道線の関係(横浜以西に進む際スイッチバックが必要になるため)で横浜駅が現在の位置に移転し、桜木町駅と改称されました。周辺には駅舎のほかに広大な鉄道用地が広がっていたのが分かります。
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明治期の日本の主な輸出品は生糸(絹製品)と茶葉。特に生糸は重要でした。その生産地である群馬県や長野県、また東京都八王子の方から効率的に生糸を輸送するため、鉄道網が敷かれていきました。そして、この横浜に集められ、検査を受けて諸外国に輸出されていき、輸出で得た資金で日本を工業化させていきました。
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汽車道の記載もありました。臨港線と呼ばれていたそうです。
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桜木町駅のホームに上がると、根岸線、京浜東北線の駅だけでなく横浜線の電車も来ていました。横浜線は八王子から東神奈川を結ぶ路線で、八王子から生糸を輸送することを目的に建設されました。旅客列車の桜木町までの直通運転は昭和の時代に入ってからですが、生糸がこのみなとみらい地区に集められていたことを考えると、その名残のようにも感じられます。
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近代日本の成長を支えてきた横浜。その遺構を簡単にめぐることができました。
根岸線桜木町駅、みなとみらい線馬車道駅徒歩すぐ
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