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【京急線】旧「羽田空港駅」跡地に行ってみた

廃線跡
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現在の京急の羽田空港駅(羽田空港第1・第2ターミナル駅及び、羽田空港第3ターミナル駅)は、空港島内の空港直下に位置していますが、かつては海老取川を挟んだ対岸に、ひっそりと営業していました。

京急空港線の前身は、穴守稲荷への参詣客輸送を目的に京浜電気軌道が建設した穴守線です。明治大正の時代、川崎大師を参拝した人が、ついでに多摩川を渡し舟で渡って穴守稲荷も参拝するという人が多くありました。京浜電気軌道は大師線と穴守線により回遊的な観光ルートを構築します。

その後、羽田空港が開港しますが、京急は空港輸送に消極的で、空港から離れた初代の羽田空港駅を細々と営業するのみでした。一方、東京モノレールは空港直下に初代羽田駅を開業します。

今昔マップon the web(https://ktgis.net/kjmapw/index.html)より引用

そんな京急の初代・羽田空港駅を見にいきます。天空橋駅にやってきました。

天空橋駅は海老取川の対岸の空港島内にあります。

これから見にいく旧羽田空港駅から延伸し、羽田駅として開業した駅です。隣には、羽田イノベーションシティがそびえます。ここは沖合に移転する前の羽田空港の跡地です。

徒歩で空港島外に出ます。蒲田消防署空港分署の方に進みます。

この天空橋駅のA2出口の横に伸びるのが「天空橋」です。

その前に寄り道。旧空港跡地に未開発のエリアが残されています。近づいてみると…

2028年春開園とあります。ここには、広い公園ができるそうです。

https://www.athome.co.jp/town-library/article/123343

広大な空港跡地は、第1ゾーンから第3ゾーンまでに分けられており、第1ゾーンに羽田イノベーションシティとこの公園、第2ゾーンに羽田エアポートガーデン、そして第3ゾーンは現ターミナルの拡張予定地となるそう。

空を見上げると、離陸したばかりの旅客機がうなりを上げて舞い上がっています。飛行機好きの子どもにはたまらない公園となるでしょう。

さて、天空橋です。空港島と対岸を繋ぐこの人道橋は、現在の天空橋駅が羽田駅として延伸開業した際に、対岸の蒲田方の住民のために架けられたもの。1991年のことです。つまり、旧羽田空港駅付近の住民の方はその後、蒲田方面から一度空港島に入り、橋で川を渡って戻っています。

船着き場も。

「てんくう”はし”」なのですね。

夕暮れの海老取川を眺めます。海老取川は多摩川にそそぐ川ではなく、多摩川から分岐していく川です。そのため、西から東に向かって流れています。よく見ると…

整備場駅を出た東京モノレールが空港島内で地下に入っていくのが見えました。

そもそも空港島は、海を埋め立てたものではなく、江戸時代に干潟を埋め立てて開墾した土地です。かつては人家も多く、今の天空橋駅の先のあたりに穴守稲荷がありました。つまり、空港開港前から島内に京急線が走っていました。

今昔マップon the web(https://ktgis.net/kjmapw/index.html)より引用

終戦後、GHQにより住民は島内から追い出され、無人になります。

天空橋を渡ると、旧羽田空港駅跡地が見えてきます。

この細長い駐車場にかつて羽田空港駅がありました。1面1線の小さな駅でした。隣の穴守稲荷駅からは単線で、線内折り返しの短い電車がコトコト走っていました。

その形状を除いて、かつての面影はありません。

天空橋のたもとには、その歴史が書かれています。旧・羽田空港駅廃止と、空港島内の羽田駅開業に伴い、羽田の住民の利便のために橋が架けられたという由来です。天空橋の名称は、”まあそうだろうな”といった由来。

天空橋駅の位置からもわかる通り、橋の直下に空港線が通っています。大鳥居駅で環八通りと交差した空港線は、環八通りの南側を通って空港島内に入ります。

その昔、この先に広がるのは羽田町、そして羽田鈴木町。かつての穴守稲荷の先には競馬場もありました。

今昔マップon the web(https://ktgis.net/kjmapw/index.html)より引用。第3ターミナルの場所に羽田競馬場がある。

この旧・羽田空港駅は、戦前に存在し、占領期に剥がされた線路を、再び同じ場所に敷きなおしたものです。

占領期には穴守線の下り線が接収され、省線蒲田駅(現・JR蒲田駅)から空港島内への貨物線が敷かれました。蒸気機関車が走ったそうです。

地形に勾配があるのか、駅跡地だけ路盤が高くなっています。

駅前からは連絡バスが走っていましたが、先ほど見たように駅前の道が狭いため、小型、中型のバスしか入れなかったそうです。

奥はアパートに続いています。

ここに駅があったことを示すものが一つだけありました。天空橋のたもとにある「駅前地蔵尊」です。

ここに駅があったことを、ここが駅前であったことを物語っています。

昭和63年移転建立とあります。まだ、旧・羽田空港駅が現役だった頃です。

最後に天空橋を眺めました。

帰りは環八通り沿いの「京急EXイン羽田」というバス停から。蒲田駅に行けますが、本数は少なめです。Googleマップにはバス停自体が載っていません。羽田空港から蒲田駅や大森駅、川崎駅にバンバン出ている路線バスは停まりません。

羽田イノベーションシティからガラガラでやってきたバスにおさまります。

蒲田駅に着くころには満員になっていました。

ぜひ天空橋やかつての羽田空港駅を歩いてみてください。

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